読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うまくなるラップのやり方⑩二足のわらじのススメ⑵

うまくなるラップのやり方⑩二足のわらじのススメ⑵

 

前回、

「二足のわらじはダメ!」

「一つのことだけを専念している人がすごい!」

という日本の雰囲気は、実はラップにとって

 

 

めっちゃ悪影響、ということを書いた。

 

それは一体どういうことなのか

 

 

 

それはそもそも良いラップとは何なのかと考えるとよくわかる。

 

以前書いた通り、良いラップとは

「生理的快感と意外性」のあるラップである。

 

こう書くと少しわかりにくいので言い換えると

 

「過去を継承し」(=生理的快感)

「過去を超える」(=意外性)

ラップ

 

である

 

どういうことかというと

「過去の継承」とは「モノマネ」である。

先人の作品に触れ、先輩たちが編み出したテクニックや思想を学ぶ。

それは絶対的に必要な過程だ。

先人が積み重ねた時の上に立っているからこそ、レベルの高いラップができるのである。

 

一方「過去を超える」とは「今までの歴史にない新たなものを生み出す」ということである。

それにはまず過去を知っていなければいけない。

知らないものは超えようがないからだ。

 

その上で新しいものをどうやって生み出すのだろう。

 

 

これがこの記事の核心であり、秘伝の部分である。

 

 

それは今までにない「組み合わせ」をするのだ

 

 

「組み合わせって、それ全部新しいわけじゃないやん」

「組み合わせてるだけってオリジナルじゃないやん」

 

こう思う読者もいるかもしれない

しかし考えてみてほしい。

本当に「全くの0から新しいものを生み出したもの」がこの世にあるだろうか?

 

例えば優れたデザイン性で世界中にファンがいるパソコン「mac」を考えてみてほしい。

macが出る以前、こんなにも洗練されたデザインのパソコンは存在しなかった。

 

ではmacの生みの親スティーブジョブスは全くの0からmacを生み出したのだろうか?

 

いや違う。本人はこう語っている

「大学の時に魅せられたカリグラフ(文字をデザインする学問)とパソコンが融合してできたのがmacだ」

 

そう。ジョブズは0から発明をしたのではない。

すでに存在するものを今までにないパターンで組み合わせたのだ

 

つまりすでに存在しているものを今までにないパターンで組み合わせる。

これが「過去を超える」ということである

読者も身の回りを見渡して考えてみてほしい。全くの0からつくられたものなどなく、もともと存在するアイディアを組み合わせて作られていることに気がつくと思う。

 

 

ここでラップの話に戻ろう

「過去を超えるラップ」をするためには

「今までにない組み合わせ」をしないといけない

 

しかし日本で歓迎されているような

「ラップしかしていない人」

「ラップしか知らない人」

はどうだろう

 

その人たちは言い換えるとラップしか知らないのだ

 

つまり組み合わせの素材がラップの知識の中にしかないのだ

 

すると大きく過去を超えるものは生まれない

当然だ。もともとがラップの素材を組み合わせてもやっぱり似たようなラップが出来上がるだけだ。

カレーで考えてみるとわかり易い。

カレーの材料を使って新しいものを作れ、と言われても、やはりカレーっぽい味のものしかできないと思う。

 

 

つまりラップしかしていない人は良いラップはできないのだ

 

 

言い換えると良いラップをするためにはラップ以外の知識が必要なのである。

カレーの例に戻ろう。

カレーに「牛乳」というカレー以外の材料を組み合わせることによって「クリームシチュー」という新しいものが生まれたのである。

 

 

 

だからラッパーはサッカーもするべきであり、囲碁もするべきであり、農業もするべきであり、虫の研究をするべきである。

 

何が言いたいかというと「ラップ以外のこともするべき」なのだ。

ラップ以外のことをすることで別の知識を増やしていく。

そしてその知識とラップが組み合わされた時初めて「過去を超える」ラップが生まれるのだ。

 

 

つまりこの記事のタイトル「二足のわらじのススメ」とは「ラップ以外のことをしたほうがいいよ」という意味なのだ

 

ラップ以外のことをやっていても全然構わない

むしろ何個でもラップと関係ないことをするべきである

 

それが良いラップにつながるのだから